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    教会長のみことば世界基督教統一神霊協会|天馬教会(旧練馬教会)

    「愛国、愛人、愛天」というきょうの説教題に副題をつけるとすれば、旧約聖書のネヘミヤ記の内容に応じて「国を愛し、無私に働く」となります。
    旧約聖書にネヘミヤ記がありますが、ネヘミヤという人はどういう人でしょうか。イスラエルが王国時代の後に南北に分断され、その後の捕囚および帰還時代に活躍した人物です。


    ネヘミヤ記1章11節を見ると、「わたしは王の給仕役であった」とあります。イスラエルの地に戻ってからは、実行力のある政治のリーダーとして活躍します。ユダヤの総督としての位を与えられて帰還した人とあります。その頃、ユダヤには第二神殿が建設されていましたが、この基盤の上に城壁の修復をしながら布教活動を断行して、国家再建のために力を尽くした人です。
    ネヘミヤが帰ってきた時、ユダヤは繁栄していたか後退していたかは、その時代の背景を知ればわかります。イスラエル民族が捕囚となり、その捕囚の地から帰還してくる、そういう時代でしたので、イスラエルは荒廃していました。荒廃した国を再建するために尽力した人物がネヘミヤという人です。

    ネヘミヤ記を読んでいくと、ネヘミヤという人の情熱、冒険心、心意気というものが明らかになっていきます。今は、私たちがネヘミヤと同じくらいの愛国心、勇敢心、情熱心、冒険心をもって歩んでいくべき期間であると思いますので、ネヘミヤという人の話を中心に説教を進めていきたいと思います。
    ネヘミヤは初め、断食しながら神様の前に祈っていきました。イエス様も荒野で40日間断食しました。


    私たちはよく神の前に祈りますが、人によっては、祈祷を捧げる時に、「どうして私の祈祷を聞いてくださらないのか」、「どうしてこの祈りが天に通じないのか」と言う人がいます。しかし、神様から見た場合、祈りが通じない理由があるわけです。
    では、どうして通じないかといえば、私の祈りをサタンが妨害するので、神様が聞くことができないことが多いのです。私たちが祈る祈りはサタンに妨害されることがほとんどなのです。その理由はどこにあるのでしょうか。私たちの背後にサタンに関係する要素があれば、神様の前に届けられないわけです。
    私たちは伝道対象者のために犠牲となり、そしてその人の背後の霊界を屈服させるのです。ですから、み旨成就のために自分を犠牲にして祈祷を捧げることが、非常に重要なことになってきます。


    1946年9月18日は、真の父母様がキリスト教の基盤を失った日です。神様は、腹中教のリーダーが獄中でお父様(統一教会創始者:文鮮明師)と出会うように準備していました。それが神様の摂理でした。しかし、その腹中教のリーダーは、その摂理に対して無知であったために、「この手紙を送った人物が誰なのか、それを祈ってみなさい」とお父様が命懸けで書いた手紙の意味を理解できませんでした。祈祷をしなかったので、神様の摂理が分からなかったのです。そのとき、看守にその手紙が見つかり大問題となり、お父様が多くの刑罰を受けるようになりましたし、腹中教のリーダーも、獄死するようになってしまいました。


    話をネヘミヤに戻すと、彼は祈りを知っている人だったと聖書を通して理解することができます。ネヘミヤは12年間、総督としての務めをし、その後も主に仕える生活をしてきました。絶えず攻撃だけを受け続けるような、そういう生活をずっとしてきました。それでも成功した理由はどこにあったかと言えば、1章4節から12節の中にその秘密があるように思います。


    「わたしはこれらの言葉を聞いた時、すわって泣き、数日のあいだ嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈って、言った、『天の神、主、おのれを愛し、その戒めを守る者には契約を守り、いつくしみを施される大いなる恐るべき神よ、どうぞ耳を傾け、目を開いてしもべの祈いのりを聞いてください』」
    どんな困難な中にあったとしても、それがみ旨の中にあるのであったら、迫害を受けたとしても、心に留めないで、また、心を込めて働きを止めなければ、み旨は成就するということを、ネヘミヤを通して私たちは知ることができます。ネヘミヤという人の生き様を理解すれば、彼は正しく神の模範的な働き手だったということが理解できます。


    一番目は、自分の平安を犠牲にしたとしても、エルサレムのために心を痛める強い愛国心を持っていたのがネヘミヤという人でした。彼の人柄は、紹介した聖句を何回か読んでいけば、深く理解することができるでしょう。
    そして、二番目においては、いかなる時であったとしても、彼は常に祈っていました。神様と常に交流をしていたというのです。
    そして、三番目には、神様の仕事をしていくに当たって、全く無私の精神と、苦難に打ち勝っていく精神を持っていたのが、ネヘミヤという人でした。基本的に諦めることはしない人でした。聖書の中で神様の仕事を担当している人に共通しているのは、諦めないということです。


    イザヤ書に神様の強い姿勢が表れている聖句があります。「わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う」(イザヤ書46章11節)。これが神様の決意表明です。私たちが決意表明する時も、これを想定した決意表明をする必要があると思うのです。10年で難しければ20年かけても、20年で難しければ30年かけてでも・・・…。神様は今日までずっと6000年以上、そのような歴史を歩んでこられました。
    そして、四番目としては、神様の仕事を貴んでいたし、片時もそれを止めようとはしませんでした。


    そして、五番目は、内外のどんな攻撃を受けても、彼は驚きません。いつも片手に工具(農具)、もう片手に武器を用いていました。片手に工具というのは、国内を復興させるということです。そして、片手には武器です。国内を復興させる仕事をしていても、いついかなる時に戦争が仕掛けられるかわからない。そういう危機的状況にあっても、彼はいつも最前線で先頭に立って国を守り、活動していた人物であったのです。


    「祈祷学」という講義を私たちは受けてきました。祈祷するときに何を中心として祈祷していくのかというと、基本的に四つの内容を中心として祈祷していくと言われます。
    その代表的なものが「感謝」という祈りです。また、「悔い改め」と「決意」の祈祷も捧げていきます。すべて重要ですが、特に重要な祈りが「願い」の祈りです。私の願いを祈祷することが神様の願われる祈祷なのだろうか、と初めは思ったのですが、そうではなく、神様の願いを祈り求める、それが「願い」の祈りであるというのです。


    ネヘミヤは神様の願いと自分の願いが一致していました。すなわち、エルサレムの再建を神様が願い、ネヘミヤも願ったのです。だから当然、ネヘミヤは祝福を受けるようになっていったのです。
    そしてもう一点。その祈りの内容をよく読んでいけばわかるように、ネヘミヤはイスラエル民族が過去に神様の前に犯してしまった罪を心から悔い改め、涙の祈祷をしているのです。


    この日本の国が行ったことに対して、また私たちの先祖が行ったことに対して、一体、誰が悔い改め、誰が神の前にとりなしていくのでしょうか。それをしていくのは日本の祝福家庭しかないという話です。すなわち、ネヘミヤが神の前に祈った祈りと同じような祈りを、私たちも天の前に捧げなければいけないでしょうし、同じような行動を、私たちもしていかなければならないということでしょう。
    お父様は、「国を愛せなかったら、決して神様を愛することはできない」とおっしゃいます。神様はこの日本を愛しておられます。神様が愛する基準で国を愛すること、愛国心というものが非常に重要になっていくでしょう。


    また神様の心情圏に到達していくためには8段階があります。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様と全部で8段階です。その8段階を経て、神様の心情圏の世界に入っていくようになっています。ですから、そういう観点で家庭を超えて氏族を超えて、国を愛する、そして国を愛した基準が世界に、神様に連結できる、そういう愛国心でなければならないでしょう。そういう観点で私たちの氏族、家庭を愛することが重要であることは言うまでもありません。


    ネヘミヤは二つの内容を中心として家庭改革をしていきました。その内容が12章から13章に書かれています。その中から代表的な話を二つだけします。
    一つは、ネヘミヤは十分の一条の献金を断行していきました。税金と同じような義務的な扱いをしてきました。イスラエル民族を考えてみると、十分の一献金はアブラハムから始まりました。そしてヤコブも行いました。旧約聖書の一番最後を開くと、預言者マラキという人が出てきます。マラキ書3章第6節には、十分の一の話が出ています。清平(統一教会の聖地)で大母様(文鮮明師の妻である韓鶴子女史の母)が、「十分の一までは神様のお金です」と話される、その聖書的な根拠はマラキ書にあります。
    私たちの伝道対象者、氏族圏にも、十一条をするように教えていくべきでしょう。また、それをして恵みを受けていけば、その人は教会につながっていくようになっていきます。


    ネヘミヤがしたもう一つが、結婚上の改革です。ネヘミヤの指導によって、イスラエル民族は異教徒との雑婚の問題を解決していくようになります。イスラエル民族の信仰がなぜ混乱していくようになったのかと言うと、カナンに定着して生活問題を中心としてカナン人と交わってしまったからです。本来は、交わってはいけませんでした。ですから、ネヘミヤは、異教の女性を離縁するよう指導していったのです。
    以上の二つの内容を強調して行ったのが、ネヘミヤの宗教改革でした。
    ネヘミヤ記を読んでいくと、彼は本当に無私でした。神の国のために熱心に働いたのがネヘミヤという人です。私たちは今、歴史的に最後の目的地を目の前にしているわけですから、ネヘミヤの生き方を通して、もう一度愛国心という意識を深く持つべきです。それと同時に、ネヘミヤの生き方を参考にして、彼に負けず劣らず熱心に歩む皆様になってくださるようお願いします。


    きょうお父様が大会をスタートされています。韓国の大会が終わったら、すぐにヨーロッパに出発されることになっています。真の父母様のために熱心に祈祷を捧げてくださるようにお願いします。また、お父様は「先生のことを心配するより、自分の責任を果たしなさい」とおっしゃいます。それがお父様の願われることであることを理解して、真の父母様と共に精誠を立てる期間としていただけるようお願いします。


    ありがとうございました。